Yoyumeからのメッセージ   2003年6月06日 

 

皆様ごきげんよう。

ツツカトータからのメッセージがありますのでまずそれをお(つた)えさせて(いただ)きましょう。

妻女(さいじょ)から依頼(いらい)を受けて皆様と(ゆかり)のあるHさんですね、お勉強(べんきょう)のお手伝(てつだ)いにつかせていただくつもりでしたがどうしてもそれが(かな)わないということです。 ()しからずとのことでしかし彼女(かのじょ)母方(ははかた)と縁があるササモリのお(ばあ)(さま)が彼女のことは()()けたと(おっしゃ)ったそうなのです。 

そういうメッセージでございますので()りあえずお伝えしておきます。 (かれ)守護(しゅご)(れい)として大変(たいへん)(いそが)しいようです。 

 

ササモリのお婆様というのに何か(こころ)()たりはおありですか? そのような名前(なまえ)()かれたことがございませんか?

返事(へんじ)がないですね。

Kさん: Hのおばあさんです。 お(かぁ)さんの実家(じっか)がササモリです。 

ヨユメ: お母さんの実家?

Kさん: お母さんの旧姓(きゅうせい)がササモリです。

ヨユメ: そう、それでは安心(あんしん)できますね。 ご先祖(せんぞ)直々(じきじき)にお()きになってくださっているのですね。 私はそのササモリのお婆様は(ぞん)()げません。

ツツカトータがあたふたと来て伝言だけを(のこ)してまたあたふたと()って行ってものですから。 律儀(りちぎ)なのです。 ツツカトータは皆さんとの約束(やくそく)(やぶ)りたくないので自分は付けないからということで悪しからずということですが。 

それではお婆ちゃんでしたら安心(あんしん)ですね

Kさん: (ぼく)実際(じっさい)()らないのですが。

ヨユメ: そういう方でございますか。 ほう。 わかりました。 

それではここで一日も早く(ひかり)(くに)(かえ)られますよう再度(さいど)皆様と(とも)(いの)って()()げましょう。

ヨユメと皆さん: (祈り)

ヨユメ: 有難(ありがと)うございました。

 

今日は先日(せんじつ)皆様がお(はなし)されてお()めになった「瞑想(めいそう)について」ではなかったですか? 何についてお話することになっておりましたか、トコロ?

トコロ: 皆さん波動(はどう)を上げる(ため)にどのような努力(どりょく)をされているか。

 

ヨユメ: ホホホ! これは()きたいですね。 是非(ぜひ)とも! ホッホッホッ。 馬鹿(ばか)にして(わら)ったのではなくてそれは色々(いろいろ)(こた)えが(たの)しみなのですよ。 それでは何方(どなた)かが進行係(しんこうがかり)(つと)めてくださるのでしょうか?

アナハラセ: テーマの提唱者(ていしょうしゃ)のパファにお(ねが)いしましょうか?

パファ: はい。 あまり堅苦(かたくる)しくなく、なるべく今回(こんかい)気軽(きがる)正直(しょうじき)に皆さんが毎日(まいにち)(おこな)っていることを皆でshareしたいと思います。 アナハラセはいつも(むずか)しいことを言いますので今回はなるべく日常(にちじょう)生活(せいかつ)実際(じっさい)行っているようなことを簡単(かんたん)にshareしたいと思うのですが。

その前に、ヨユメさんも(すで)にご存知(ぞんじ)ですがお(かげ)(さま)で私非常(ひじょう)にアズマのほうが(かる)くなり感謝(かんしゃ)しています。

ヨユメ: それについてはまたお話しましょうかね。

 

パファ: まず私から(はじ)めさせていただきます。 私の場合(ばあい)あまりたいしたことはやっておりません。 前にヨユメさんに言われたようにとにかく瞑想を毎日(まいにち)やるべきだということは日々(ひび)実行(じっこう)しています。 (みじか)いときもありますが(かなら)ず実行して。 瞑想の中には当然(とうぜん)仲間(なかま)の皆様への祈り、自分が今日一日()たして(ただ)しく()ごしたかどうか反省(はんせい)世界(せかい)平和(へいわ)地球(ちきゅう)(いや)しと。 瞑想がまず波動を上げる(ひと)つの基本(きほん)ではないかということでそれを毎日(まいにち)実行(じっこう)しています。

あと(だれ)か、べつに順番(じゅんばん)でなくても夫々(それぞれ)皆さんやっておられると思うので今日(きょう)は必ず発言(はつげん)してください。 誰かいませんか? では、アソウ。

 

アソウ: はい。 私はなるべく人に会うときには笑顔(えがお)とか、(やさ)しい言葉(ことば)とか ちょっとの事でも有難(ありがと)うとか言うようにしています。 それが波動を上げるかどうかというのでなく人の気持(きも)ちを優しくしてあげたいというのでなくて、気持ちを優しくしてみたいのです。 いい気持ちでやっているんです。 それ(ぐらい)です。 それと瞑想です。

 

ヨユメ: (つぎ)(かた)どうぞ。

パケサー: わたしはシャマナのテープをかけていつも瞑想の形で瞑想をしています。 時には全然(ぜんぜん)効果(こうか)がないみたいな感じ。 時には反省(はんせい)をすることになります。 一生懸命(いっしょうけんめい)反省(はんせい)してテープのインストラクションで毎日やっていますがいい時も悪いときもあるし、10分20分30分その日その日いろいろです。 まだまだ遠く、中々思うようにいきません。 だけれどやるだけはやっています。

 

アトシエ: 毎日(まいにち)仕事(しごと)(わか)い人に手伝(てつだ)っています。 メントルにしたいですが中々(なかなか)(むずか)しいです。 若い人が(そだ)つようトライしています。 皆さん色々(いろいろ)な人が仕事(しごと)(さが)していますから、でも合う仕事と合わない仕事があるからちゃんとmatchすることをしたいです。 

 

アナハラセ: 今の質問(しつもん)していいですか、アトシエ?

Matchするとは?どういうことですか?

アトシエ: その人が仕事だけ()しいのだったらちょっと(つづ)け(られ)ないと思うの。 この仕事に()いているか、この仕事でhappyになるか? それをよく考えて

アナハラセ: 私の仕事みたい。

皆さん: (笑い)

アトシエ: 時々色んな人が来ますけれど。 優秀(ゆうしゅう)な人もいますけど、今日の人はちょっと威張(いば)っていた。 だから私もこの人はこの仕事に合わないと思った。 もしHireしてもあの人は多分(たぶん)(つづ)かない。 この仕事に合う人と本当に来たい人がちゃんとあわないと。

 

アナハラセ: 次は私ですが瞑想がまず大事(だいじ)だと思います。 あとは中川大(なかがわだい)天使(てんし)(おっしゃ)っている親切(しんせつ)()明朗(めいろう)感謝(かんしゃ)謙虚(けんきょ)ということを毎日繰り返(くりかえ)実際行動(じっさいこうどう)にしようと思うのですが、意識(いしき)がまず高まらないと行動(こうどう)にあらわすときに意識的(いしきてき)にやると非常(ひじょう)偽善(ぎぜん)と言うかHippocraticになってしまう。 だからやっぱり意識をまず、もう無意識(むいしき)にそういうふうにするよう、意識をまず(たか)める。 そういうふうに毎日少しずつ積み重(つみかさ)ねをしてしようと思っています。 あとは色んなソースの本を()んだり、今はコンピュータでインターネットで色んなものがみれるのでそういものだとか、こういうお導きだとか、色んな人からの話だとか、そういう情報(じょうほう)参考(さんこう)にさせてもらってそして自分なりにベストな選択(せんたく)出来(でき)るようにしようと心がけています。

どうぞ

 

トコロ: 私はまずパファが波動を上げる為にみなさんはどのような努力をされているかと言われたときにはたと考えました。 

随分昔(ずいぶんむかし)(ころ)−ヨユメさんがでてきて下さって「皆さん波動を上げてください、そうでないともう出てきませんよ!」と仰った頃−あー波動を上げなくてはいけない。 その為には何をしたらいいのだろうと自分の波動を上げる為に何かをしていたようにその頃はいました。 そして今まできていましたが、最近(さいきん)それはおかしいのではないかと思いました。 何かをやってて、例えば世の為人の為、自分の波動を上げる為にやるのではなく、人の為、世の為自分のことを考えないで自分の事を(わす)れてやっていたら努力(どりょく)せずとも波動は上がっていくのではないかとそう最近は思っています。 

そしてそれでは毎日何をしているか、皆さんが仰った瞑想それからアナハラセが仰ったように何時(いつ)(ほが)らかに、皆さんに優しくする、私もそれをこの二年近く、私の場合それをトイレでそれをやります。10回繰り返して言います。

それから波動を下げないように何をしたらいいか、それも考えたのですが、私の場合はスポーツ番組(ばんぐみ)を観ない

ヨユメ: ()ているではないですか

皆さん: (大爆笑)

トコロ: 確かに仰るように観ています。 観ないでいるのは大変(たいへん)(むずか)しいです。

アナハラセ: テレビを()てればいいじゃないですか。

ヨユメ: 「絶対(ぜったい)()るな!」とは言いません。 見方(みかた)()わりましたよね、トコロ。

トコロ: はい。あの、そうです。 ヨユメさん、そういう事をわかってくださっています。

皆さん; (爆笑)

ヨユメ: それでもね、変わったと言っても貴方のなかの闘争心(とうそうしん)(ひかり)となって(あか)−くむらむらと立ち上がるときがあるのですよ。 スポーツというものはどうしてもそうさせるものなのです。 だから人は興奮(こうふん)し、興奮されるがゆえにそういうものを見たくなるのです。 ただ皆様には見えないでしょうがスポーツ観戦(かんせん)聴衆(ちょうしゅう)の上にある光を見たらもう観たくなくなると思うのですよ。 しかし(だれ)も、皆さんの言葉で言うなら、何と言うんですか、リラックスするものが必要(ひつよう)ですよね。 一度(いちど)にとは申しませんが徐々(じょじょ)に徐々に。 興味(きょうみ)()()せないうちは時にはご(らん)になれば(よろ)しい。 しかし自然(しぜん)に貴方のなかの今生(こんじょう)使命(しめい)の一つである(おだ)やかに、(やさ)しく、(あたた)かく今生は生きること、それの(さまた)げになるのでそう申しただけでもう興味が自然になくなるときが(まい)ります。 徐々に徐々にね。

トコロ: はい。 それで続きですが、波動を下げない為にスポーツ番組をなるべく観ないようにしているがうまく出来ない。 せめてまだ出来るのではないかと思いまして先程(さきほど)アソウが言っていましたなるべく笑顔を見せる、しかめっ(つら)(かお)をしないよう。 それから私は仕事(しごと)をしていますが色々選択(せんたく)(まよ)うとき−どれを(さき)にやるべきか(かんが)えるとき−なるべく人のために役立(やくだ)つようなことを(えら)んでやるように(つと)めています。

 

ツツカノーラ: 毎日(ほが)らかに、(あか)るく生きようと(つと)めているが難しい事が(おお)いです。 

今はパファのアズマを一生懸命(いっしょうけんめい)(なお)そうとして毎日(まいにち)ポンポンと横腹(よこばら)などたたいていますが、役に立っているのかどうかわかりませんが、でも(つづ)けていきたい。 

(はは)(ため)に何かしてあげたいのですが、私がやっていることはいいのかどうか、彼女の為になっているのかすごく(まよ)うことがあります。 彼女の筋肉(きんにく)(こし)などから無くなっていくのが(こわ)くって一生懸命に自分ではやっているが、彼女がそれに答えてくれなくてすごくつらくなることがあります。 このまま続けていけばいいのか? 時々彼女が(おこ)っていやになることがあり、そういうときがすこしつらい。 ヨユメさん、私はどうすればいいのでしょうか? そのまま続けていくべきなのか? そういうところ、そういうのは親切(しんせつ)ではないのでしょうか? 彼女の為を思っているのですが。

ヨユメ: お答えを私が貴方にさしあげては何もなりませんのですよ。 大変(たいへん)なご苦労(くろう)(みずか)()ってでられてお世話(せわ)をされていらっしゃる。 ご苦労が多いことはお(さっ)しいたします。 私も()かねた場合(ばあい)はお(たす)けしますが日々(ひび)一瞬(いっしゅん)一瞬、どうすればいいのだろうか?これでいいのだろうか?という(まよ)いですね、その迷いを克服(こくふく)といえば大げさですが、そのときに今貴方がお()ちの知識(ちしき)真理(しんり)(まな)ばれた知識−を総動員(そうどういん)させてこれでいいのだとあなたが決められたことは宜しいのです。 人様(ひとさま)があれは()くないとか、こうなったから(わる)かったなどと言うことはあまり気になさらなくてもよろしい。 いまご自身でこれでいいのだと決めてなさったことは(ただ)しいことなのだと思われてよろしいのです。 私がお答えする必要(ひつよう)もないと思います。

本当(ほんとう)に本当にお(たす)けが必要なときは貴方さまの守護(しゅご)(れい)(さま)がお(みちび)きをなされます。 それが(とど)かぬ場合(ばあい)は私に依頼(いらい)されてまいります。 瞑想をされていますとね、守護霊様との連絡(れんらく)がよく()れるようになってそういう事を守護霊さまに(うかが)われるとお(こた)えが来るのですよ。 でも瞑想をなさらない方は守護霊様とかアトシエのお母様とかが私に(たの)みに来られるのですよ。 先程(さきほど)のツツカトータの伝言(でんごん)ですが皆様(みなさま)夫々(それぞれ)にお約束(やくそく)(まも)れないと言って(まわ)ったそうですよ。 シャマナを(はじ)め皆様それを()くことが出来(でき)ませんでしたね。 だから私が最初(さいしょ)にお(つた)えしたわけですが徐々に徐々にそういうふうに守護霊様からお導きがいただけますよ。 

本当にお(こま)りのとき守護霊様の(ちから)(およ)ばないときは私などにも助けを求めてこられたらそのときはまたお手伝いさせて頂きましょう。

次の方、おやすみでございますか?

 

Kさん: (ぼく)場合(ばあい)はまだはっきり言ってこの瞑想会に来させて頂いて日が(あさ)いのと、ちょっとわからないことが多いのですが、今は毎日皆さんに今回(こんかい)のことを色々(いろいろ)面倒(めんどう)見ていただいたことを感謝(かんしゃ)しながら毎日を生きています。

ヨユメ: お()(たち)お元気(おげんき)で?

Kさん: はい。 

ヨユメ: 結構(けっこう)でございます。

Kさん: これからもこうして瞑想会(めいそうかい)に出来るだけ参加(さんか)させて頂いて何かを見つけたいという気持(きも)ちが沢山(たくさん)あります。

 

パファ: (トータに向かって)この前の宿題(しゅくだい)、いかに波動をあげる為に努力しているかみなさんで話し合っています。 皆さん夫々(それぞれ)自分(じぶん)体験談(たいけんだん)をここでshareしていますので。 いかに波動を上げるか、どういう努力をしているか。

 

トータ: これといって努力していません。 まあ、なるがままに自然(しぜん)にその日その日を精一杯(せいいっぱい)という。 基本的(きほんてき)には自分が人間(にんげん)として何をすべきかということは(つね)(あたま)のなかに入れています。 人間が−(すなわ)自分(じぶん)自身(じしん)が−どうしたら波動が高くなるというふうに努力というよりもいつもremindしているのですが、中々これが客観的(きゃくかんてき)にみて自分が上がっているかどうかわかりません。 ただ人の道に()がったことだけはしていないつもりです。 勿論(もちろん)(こま)った人があれば手を差し延(さしの)べたいと思いますし、まあ、差し延べているわけです。 そしてとくに子供たちに対してそういう努力、そして少しでも真理(しんり)(みち)(ひろ)めるようには努力(どりょく)しております。 以上(いじょう)です。

ヨユメ: トータ、そこは()えて

トータ: 大丈夫(だいじょうぶ)です。

ヨユメ: 良くないと思いますよ。

トータ: 布団(ふとん)がありますので。 はい。

ヨユメ: ここに来ればいいのに。 

トータ: いや、(こし)が悪いので(かた)いところのほうがいいのです。 どうも有難うございます。

ヨユメ: 私は噛み付(かみつ)きませんよ。

皆さん: (笑い)

トータ: 正座(せいざ)のほうが気持ちいいです。

 

()るほど皆さん夫々(それぞれ)に。

瞑想(めいそう)は皆さんやっておられるようですが、何度(なんど)も何度も(もう)しますが(すべ)て瞑想から始まります。 瞑想を続けておられるうちに守護(しゅご)(れい)(さま)背後(はいご)霊団(れいだん)先生方(せんせいがた)高次元(こうじげん)の先生方と色々な方からお(みちび)きがいただけるようになりますとね、あらゆる点で(おの)ずとそれこそ特別(とくべつ)努力(どりょく)をなさらずともご自身(じしん)が変わっていくのですよ。 そしてそれをご自身が気付かれるというより(まわ)りの方が気が付かれる。 そういうものなのです。 三次元(さんじげん)世界(せかい)では(ほとん)どのかたがその皆さんのオーラを見ることが出来ないので、いろいろな言葉(ことば)雰囲気(ふんいき)が変わっただとか何か変わったとかそういう表現(ひょうげん)をされますがその一つ一つが夫々のご精進(しょうじん)賜物(たまもの)であったりするわけです。 悪く変わっては仕方(しかた)がないんですけどね。

今、子供たちという言葉がありましたね。 (うかが)いますが、皆さんがたにとって、子供たち、ご自身の子供たち、そしてまたそうではない一般(いっぱん)のお()(たち)、それぞれ、お子達、子供(こども)さんに(たい)しての皆さんの責任(せきにん)って何だと思われますか? お子さんのいない方もいらっしゃいますが、それでもやはり子供達に対する皆様それぞれの大人(おとな)の責任というのは何だと思われますか? これも答えは一つではないと思うのですよ。 何方かお答えございますか? トータ、いかがですか?先程(さきほど)子供たち、

トータ: 先程も言いましたように良い方も悪い方もどれが尺度(しゃくど)になるかわかりませんが、やはり人間(にんげん)としてやはり子供たちは方向性(ほうこうせい)がわからないと思いますのでそれをある程度人間として基本的(きほんてき)なことをやはり、(むずか)しいことを言ってもわからないので、基本的なことをやはり人に迷惑(めいわく)をかけないこと、そして共生(きょうせい)共存(きょうぞん)が基本になると思うのでそういう基本的なことを面白(おもしろ)くおかしく(われ)なりに少しずつでも話しているわけです。

ヨユメ: それは今トータのお子達はかなり成長しておいでで

トータ: 私の子供でなしに、(ほか)の子供たち

ヨユメ: 一般的にですか

トータ: はい。

ヨユメ: 幼子(おさなご)のことですか?

トータ: ええ。 やっぱり仕事場(しごとば)それぞれ行く先々(さきざき)、やはり少しでも話をする機会(きかい)がある子供たち。 近所(きんじょ)の子供とかにやはり平気(へいき)でごみを()てたりそういう事をするときには子供たちに面白おかしくですね、(あま)怒鳴(どな)りつけてもいけませんのでそういう具合(ぐあい)に日々心がけておりますけど。

ヨユメ: お子たちに正しい導きをするということは本当に大切(たいせつ)です。 しかし今それが行われていないのが(かな)しいですよね。 お子達の話が出ましたので、このお話でお導きを終えるとしましょうか。

親として自分のお子達の幸せを考えない人はほぼいないでしょうね。

アトシエ、()ているのですか?

アトシエ: ()きています。 (つか)れています。

ヨユメ: 疲れていますねぇ。 

これは大切な話ですから。 アトシエにはお子達がいらっしゃるでしょう。 お子達のいらっしゃる方は(とく)に、いらっしゃらなくてもご自分のお子達だけでなく人様のお子達もみな同じなのですから聞いておいてください。

お子達の幸せを考えない親はない。 皆さん考えていらっしゃる。 自分の子供がしあわせになるようにと。しかし私共の世界からみてますとお子達が幸せになるようなそういう何と申しましょうかまるっきり間違(まちが)ったやり方をなさっている。 ある意味で知らず知らずのうちにお子達を不幸(ふこう)になさっていることに気が付いていない。 それをいくつかお教えしましょう。 

大切にする、思いやりをもって(せっ)する、これは何も悪いことではありません。 お子達にだけではなく何方と接するときも優しく思いやりをもって。 しかし、これは特にご自身のお子たちの場合(あま)やかすことではないのです。 お子たちを甘やかすということは不幸になるお手伝いをしていると(きも)(めい)じてください。 お子達が幸せになるというのは親の力を()りずにご自分で大切なことが決められ、判断(はんだん)でき、そしてご自分のことのみならず人様の為に役に立つ、世の為に役に立つような人間になる手助けをするのが親の(つと)めですよね。 親が子供たちに手を貸せば貸すほどお子達は学びの機会(きかい)をなくするわけです。 ダメな大人になって欲しければどのどん手助けしてあげなさい。 昔からかわいい子には旅をさせろと言いましたね。 愛情(あいじょう)を持って突き放(つきはな)すこと、それがとても大切なことなのですよ。 親が出来るだけ手を差し伸べ援助(えんじょ)を与えて何とか人並(ひとな)みにやっていけるのではとうてい親を越える存在(そんざい)にはなれないのです。 自分より以下(いか)の人間であっていいのならどんどん助けてあげなさい。そうでなければ幸せになってもらいたいのなら愛をもって突き放すことです。

それと、人並(ひとな)みに教育(きょういく)はしてきた、人並みに(そだ)てあげてきた、自分は自分なりに子供の為にやってきたと思っておられるかもしれませんが知らないうちにどれだけ子供を不幸にしてきたか、しているかということですね。 ()ぎてしまったことは仕方(しかた)がありませんので、心の中でそっと()びられればいいがとおもいますが。 ご夫婦仲(ふうふなか)が悪かったり、けんかしたり、言い争(いいあらそ)ったりこういうことを子供に体験(たいけん)させた人はそれは教育(きょういく)以前(いぜん)問題(もんだい)なのです。 言い争い、どれだけ波動の低いものかわかりますね。 そのような波動で影響(えいきょう)()(やす)い子供にそのような波動を日夜(にちや)(あた)えていたということはもう言うに(およ)ばずお分かりですね。 立派(りっぱ)な教育をすることが大事(だいじ)なわけではないのです。 家庭内(かていない)柔和(にゅうわ)でやわらかい雰囲気(ふんいき)をつくり、ほがらかで微笑(ほほえ)みのある柔らかい言葉が()(こう)うそのようななかでお子達を育てられなかったむきにはどうぞお子達にお詫びされるほうが良いと思いますよ。 

世間(せけん)からみればいわゆる「人並(ひとな)みに成長(せいちょう)した」、「立派なお子達に育たれましたね」、そう言われるように育てあげてそれなりに満足(まんぞく)しているかもしれないがそのお子達が(おや)になるときが(まい)りますね。 そのときに皆様方のお子達に接してこられた過去(かこ)、今どのように接しているというのが出てくるのですよ。 しつけも大事なことです。 さっきトータが言ったように人としての道、基本を(おさな)いときに教える、それはとても大事なことです。 教育(きょういく)、しつけといういことではなく私は今親として子供の幸せを願うなら決して決してなさってはいけないこと、お子達を不幸にしたくないのなら過分(かぶん)に甘やかせてはいけないこと。 

アトシエ、お(なか)がちょっと(よわ)っているから、食べ物が消化(しょうか)できてないからといって消化剤(しょうかざい)、お(くすり)をどんどん与える、そして助けるとどうなると思いますか? 何方か通詞(つうじ)をしてあげてください。

アトシエ: 最近(さいきん)()んでいない。

ヨユメ: いえ、話しとしてなのです。 お腹が弱って食べ物を消化できないから助けてあげなくてはいけないからといって消化剤を与えますと食べ物は消化されます。 そして(らく)になります。 それを続けてやっていますとどうなるか?

そのうちにお腹は何も自分で消化出来なくなります。 肉体(にくたい)だけではないのです。 親が先々に手助けの手をさし出すと自分からは何も出来なくなるのです。 お子達の幸せを考えるなら過分な甘やかしは不幸にするだけだと。 これは私、ヨユメから申しているのではございません。 お願いされてメッセージをお伝えしているわけでございます。 

そしてトータ、先程のトータからお子達の子供達の話が出ました。 貴方はいつもそのように子供たちのことを考えている。 ()子煩悩(こぼんのう)な方なのですよ。 トータ自身のお子達も随分(ずいぶん)成長(せいちょう)されていますよね。

トータ: はい。

ヨユメ: せっかくそこまで立派に成長されてあとは親としてそのお子達が幸せになるように願わないはずはないですよね。 それにはトータ、まずは気持ちを(おだ)やかに。 自我(じが)を通さず、人様との意見の食い違(くいちが)いがあったときは()えてどうしてもご自身の考えを(みと)めさせようと言い争いなどはしないようにしてください。 貴方自身のためにもなりませんし、お子達の幸せにひびきますから。 貴方だけに来るのならそれは自業(じごう)自得(じとく)といって(ほう)っとけもしますがそうではないのですよ。 お子達の幸せの為にも柔和(にゅうわ)(やさ)しくあるように(つと)めて下さい。 簡単(かんたん)ではないのですがそのようにお努めください。

トータ: はい。

ヨユメ: 心のおくに暖かい優しいものをおもちなのに。 

それはホホバレドゥ、トータ、トコロ、何かの(はず)みに闘争心(とうそうしん)が頭をもたげるのですが、今生(こんじょう)ではさっきトコロにも申しましたね、柔和に優しくあるように努めて下さいね。 本当に語気(ごき)(あら)げて(いか)りを()()しますと皆様の目には見えませんがその吐き出された()(あつ)めましてそこからの成分(せいぶん)抽出(ちゅうしゅつ)しますと小さい動物(どうぶつ)一匹(いっぴき)二匹(にひき)(ころ)せるほどの(どく)が出ますのよ。 そういうものですから特にお子達の前では当然(とうぜん)さっきトータが仰ったようにしつけとして言い聞かせるのは宜しいのですよ。 ただ怒りに任せてお子達を(しか)るとか、(いきどお)るとかそういうことはないように。 宜しいですか?

 

それでは他に何か質問は?

パファ: これは子供に対すること以外(いがい)なのですが、(あやま)ちを(おか)した場合(ばあい)「謝りなさい」とヨユメさんが言われたがこれは実際(じっさい)に口から言葉を出して謝るべきなのか、そうでなく、それとも想念(そうねん)で謝るべきなのですか?

ヨユメ: 時と場合によります。 本来(ほんらい)ならばお()びをせねばならぬ方がいらっしゃるならその方に向かってお詫びをするべきなのです。 しかし内容(ないよう)状況(じょうきょう)によりまして今さらそのようなことをしても相手(あいて)の方が何のことかわからないとか、もう忘れてしまっているとか、(かえ)って(へん)具合(ぐあい)になるような時はその必要(ひつよう)はないかと思います。 しかしそれでもあえて私は言葉に出して仰れば良いと思うのはもしそれを相手の方が忘れず()()っておられたとしたらそれを聞くことによって相手の方もホッとされるでしょうし、そしてそれを根に持って貴方に(うら)みを向けられていたとしたらそれも()(はな)たれるでしょう。 それを考えますと(じか)に仰るのが良いかと思います。

 

他に質問はございますか?

それでは皆様ごきげんよう。