Yoyumeからのメッセージ   2004年09月20日 

 

瞑想(めいそう)が始(はじ)まる前(まえ)に前回(ぜんかい)、ヨユメ様が出された宿題(しゅくだい)、「 節約(せつやく)、倹約(けんやく)、質素(しっそ)、この三つの言葉ですね。 それに対(たい)して皆様(みなさま)は節約(せつやく)とは、倹約(けんやく)とは、質素(しっそ)とはどういうことなのか考(かんが)えてきてください。」について討論(とうろん)し合(あ)った。

 

皆様(みなさま)、ごきげんよう。

皆さん: ごきげんよう。

ヨユメ: パファ、こちらへ。 (パファの胸(むね)に手(て)を当(あ)てて治療(ちりょう)をされた)

先(さき)ほど、ご自身(じしん)でも仰(おっしゃ)っていましたようにアレルギーですね。 まだ舌(した)に異常(いじょう)を感(かん)じることはございませんか?

パファ: 若干(じゃっかん)、奥(おく)の方(ほう)の舌(した)と喉(のど)ですね。

ヨユメ: そうですね。 アレルギーで気管(きかん)、肺(はい)、喉(のど)にときますとね、この喉元(のどもと)、ここに炎症(えんしょう)をおこしますと、ここを指(ゆび)で押(お)さえてみられますとわかりますが、喉元を押さえると舌の付(つ)け根(ね)、ここが痙攣(けいれん)いたします。 そして舌(した)が縺(もつ)れたり、痙攣したりしますが、お医者様(いしゃさま)はそれがアレルギーによる物だとは仰らず、それこそそういうことを言ってお医者様に行かれますとありとあらゆる検査(けんさ)をされます。 それはアレルギーです。 時間が来れば治(なお)ります。 心静(こころしず)かに瞑想(めいそう)をして、ご自身(じしん)を青(あお)と緑(みどり)の光(ひかり)で包(つつ)んで、そういう外的要因(がいてきよういん)から影響(えいきょう)を受(う)けないようにされることですね。 慌(あわ)てて行ってお医者さまに罹(かか)ることのないようにお気をつけ下さい。

パファ: 有難(ありがと)うございます。

 

それではお導(みちび)きに入(はい)りますが、それはそれは皆様、よくお勉強(べんきょう)をされましたね。 トコロ、タントーラ、ね、皆様よくお勉強されました。 それだけ一生懸命(いっしょうけんめい)、皆様(みなさま)、幼(おさな)い頃(ころ)に勉強されておれば今頃(いまごろ)、さぞかし物知(ものし)りになっておられたでしょうね。 学校(がっこう)の勉強が二人とも好(す)きでなかった。

皆さん: (爆笑)

ヨユメ: それは冗談(じょうだん)といたしまして、皆様の議論(ぎろん)を伺(うかが)っておりました。 全部(ぜんぶ)を繰(く)り返(かえ)していただく必要(ひつよう)もございません。 皆様が夫々(それぞれ)に仰(おっしゃ)っていたこと、そしていいお答えを出されておりました。 それをまとめてみますと大事(だいじ)なところにもう気づいておられる。 

皆様のご意見(いけん)をまとめてみますと倹約(けんやく)というのは自分(じぶん)を中心(ちゅうしん)に。 そして節約(せつやく)というのは自分だけではなく、ほかの皆さんのこと、そういうことを考えて無駄(むだ)をしないということ。 そして質素(しっそ)に至(いた)りましてはただ物を持たない、贅沢(ぜいたく)をしないというのではなく、「人様(ひとさま)の役(やく)に立(た)つ」そういう言葉もでておりましたね。 そのとおりなのですよ。 それがお答えなのですが、それをもう少(すこ)し、こちらの世界(せかい)から−私どもの世界から−見て、三次元世界(さんじげんせかい)とはまた違(ちが)った真理(しんり)の実存世界(じつぞんせかい)から見(み)た見地(けんち)からお話しましょう。 重(かさ)ねて申(もう)し上(あ)げますが、私がここで出すお答えを−倹約、節約、質素−を国語(こくご)の試験(しけん)などで答えられては間違(まちが)いになりますからね。 宜(よろ)しいですか。 

 

先(ま)ずは倹約というのは皆様が仰っていたとおりですが、倹約というのは自分の持っている物を慎(つつ)ましやかに、慎(つつ)ましく、倹(つま)しく、惜(お)しみながら出すことを申します。 主(おも)に金銭(きんせん)などですね。 自分の持っている物(もの)が減(へ)らないように、或(ある)いはある程度確保(ていどかくほ)しておくために、これだけは取(と)って置(お)きたいからと、ある意味(いみ)で惜(お)しみながら手放(てばな)すことでございます。 わかりますか? それは必要(ひつよう)な事(こと)でもありますが、ややもすると倹約というのは出(だ)し惜(お)しみ、吝嗇(りんしょく)、難(むずか)しいですか? 言(い)い換(か)えれば、皆様の言葉(ことば)でけちん坊(ぼう)ですか、そういうふうになる帰来(きらい)がございます。 自分の持っている物を出すときに出さないように惜(お)しむ行為(こうい)なのです。

 

節約(せつやく)と申(もう)しますのはね、ご自分の持っている物を出すのではなく、ご自分に物(もの)を取(と)り入(い)れる、その時に倹(つま)しく、慎(つつ)ましく、欲張(よくば)らずに取る行為を申します。 そこで先ほど皆様の言われた「人様(ひとさま)のため」というのがここに入って来るわけですね。 ご自分にとる時に自分にはこれだけしか要(い)らないからこれだけにしておこうと欲張(よくば)らずにとる。 またはこれだけしか全部(ぜんぶ)でないのだから、皆に行(ゆ)き渡(わた)るようにするには自分はこれだけしか取らない。 というふうに取ることを、取り入れることを節約というのです。 分かりますか?

 

全く同じように使われていますがそれだけ違(ちが)うのですよ。 だから「倹約(けんやく)が悪(わる)くて、節約(せつやく)が良(よ)い」と、こういうふうに簡単(かんたん)に考(かんが)えてはいけないのですよ、アソウ。 良い、悪い、そういう問題(もんだい)ではなく、どういう意味(いみ)があるのかを正(ただ)しく理解(りかい)するのですよ。 

 

資源(しげん)の事(こと)を仰(おっしゃ)っていましたね。 節水(せっすい)、エネルギーを節約する。 それは正(まさ)しく、皆に行き渡るようにする為にそんなに無駄遣(むだづか)いをしているといつか無(な)くなる時(とき)が来(く)るからこれだけにしておきましょうという事ですね。 それは節約です。 しかし、ようく皆様の次元(じげん)で使われている「節約、節水、節電(せつでん)」と言いながら、節約をしていると言う方でもそれがね、ただだったら、資源(しげん)は限(かぎ)られているのにお金のかからない物だったら気にしないでどんどん必要以上(ひつよういじょう)に使(つか)うのです。 となりますと見た目には同じ節約でもその方は倹約(けんやく)の目的(もくてき)で節約(せつやく)しているのです。 分かりますか? 節約する方がお金はかかる時もございますのよ。 でもそうなるとそういう方は節約しないのです。 お金がかかるから。 ご自分の持っているお金が減(へ)るという行為(こうい)は嫌(いや)なのです。 ですから車もね、トコロやシャマナが乗っている、そのために買った車がございますね。 名前(なまえ)は何(なん)と言いましたか?

トコロ: プリウスです。

ヨユメ: プリウスとはどういう意味(いみ)なのですかね? 「節約」の意味ですかね? 違(ちが)いますか?

トコロ: そうではないと思います。 意味はありませんでした、調(しら)べましたが。

ヨユメ: そう、調べましたか!

トコロ: はい。 何かお星様(ほしさま)の名前かなと思って調べたんですが、そうではなく、出ていませんでした。

ヨユメ: トコロとシャマナはあの車を買(か)うにあたって、エネルギーを節約するために、空気(くうき)をきれいにする為に買ったわけですよね。 それは節約ですね。 だけど今、ガソリンの値段(ねだん)が高(たか)く、高くなってきたからその車を買(か)い求(もと)める人が沢山増(たくさんふ)えて参(まい)りました。 それはガソリン代(だい)、ご自分の持っているお金がどんどん減(へ)っていく、高いガソリン代で。だからその車を買う。 同じ行為(こうい)も動機(どうき)が違うのですよ。 皆様の目から見たら同じに見える行為も動機がそれだけ違うのです。 お分かりですよね。 そのように倹約、節約というのは動機(どうき)がもとになっておりまして私どもの世界から見たら全(まった)く違(ちが)うことなのです。

 

お水を頂けますか。 有難うございます。

 

質素(しっそ)と申(もう)しますのはね、出来(でき)るだけわかり易(やす)く言うようにしますが、言葉(ことば)には制限(せいげん)がございまして、とっても説明(せつめい)しにくいのです。 質素の質というのは物が物として−それ自体(じたい)として−存在(そんざい)するそのもと。 そうですね皆様の世界にある言葉で一番近(いちばんちか)いもの−似(に)たものと−いうと「本質(ほんしつ)」。 それではないのですが、それに近いものと思って聞いてくださいね。 言葉(ことば)にあまり拘(こだわ)らずに。 その本質(ほんしつ)を維持(いじ)するために必要(ひつよう)な物(もの)を備(そな)えた状態(じょうたい)を質素と申します。

ご大霊(たいれい)がお創(つく)りになって存在(そんざい)するもの全(すべ)ての物(もの)、夫々(それぞれ)に本質(ほんしつ)があるわけですよね。 鉱物(こうぶつ)、岩石(がんせき)の本質。 植物(しょくぶつ)としての本質。 動物(どうぶつ)としての本質。 人間(にんげん)としての。 そして人間に限(かぎ)りますとね、人間、また夫々に違った本質がございます。 その違った本質というものをもっと詳(くわ)しく述(の)べますと少し難しくなりますが。 そうですね、少(すこ)し方向(ほうこう)を変(か)えてこう申しましょう。 質素というのは先ほど必要(ひつよう)な物(もの)を備(そな)えた状態(じょうたい)、本質(ほんしつ)が本質であるために必要な物が備わった状態と申しましたが、その必要な物が備わった状態、即(すなわ)ち、どの程度(ていど)に備わっているか、分相応(ぶんそうおう)に備(そな)わっていることなのです。 

分相応(ぶんそうおう)というのは、分(ぶん)というのはこの世(よ)に存在(そんざい)する全(すべ)てのものはなぜ存在(そんざい)しているか? 神(かみ)の分(わ)け御霊(みたま)だから存在している。 貴方(あなた)も、貴方様も神の分け御霊を頂いているから生(い)きてここにいるわけです。 命(いのち)が無(な)いと見える岩石(がんせき)も神の分け御霊だから存在している。 そして岩石は岩石(がんせき)の本質(ほんしつ)としての使命(しめい)がある。 あなたは貴方としての神からいただいた分け御霊、分霊(ぶんれい)と呼びましょう。 その分が分相応になのです。 身分(みぶん)の分(ぶん)ではございません。 分相応にその分というのは神から与えられた分け御霊として存在する、この世に出てきた使命相応(しめいそうおう)に。 その使命を果(は)たすに見合(みあ)った物を備(そな)えているということです。 その分というのは相応というのは人夫々の力量(りきりょう)、性質(せいしつ)、色々(いろいろ)ございます。 能力(のうりょく)、ある人は大変優(たいへんすぐ)れた頭脳(ずのう)を与(あた)えるられ、ある方はこういう才能(さいのう)を与(あた)えられ、みな違いますが、なぜその様にご大霊は違った人たちをお創りになったか。 夫々の違った [録音はここまで] 使命(しめい)を全(まっと)うするためにその様にお創りになったのです。 私にはこれがない、そういう能力がないから出来ないのではなく、皆様には皆様の使命を全うする為の物は備わっているのです。 そして皆様が考えられている分相応の以下(いか)、以上(いじょう)でもないのです。 

質素というのはただ単(たん)に余分(よぶん)な物(もの)を持(も)たず、ほんの僅(わず)かしか持(も)たないというのではなく、皆様の使命を果たすために必要な物が備わっているという事をいうのです。 

 

それから例えば、「私は一生懸命勉強(いっしょうけんめいべんきょう)して弁護士(べんごし)になり、困(こま)っている人、罪(つみ)の無(な)い人(ひと)のために役(やく)に立(た)ちたい」、ところが「沢山(たくさん)のお金(かね)が儲(もう)かるから弁護士(べんごし)になる」())では悪徳弁護士(あくとくべんごし)にしかなり得(え)ません。 動機(どうき)が全(すべ)てでございます。 

 

そして与えられた使命によって皆夫々(みなそれぞれ)必要な物が違ってきます。 一見贅沢(いっけんぜいたく)に見える、その人のしている事を知らずして判断(はんだん)してはいけない。 その人は大きな会社(かいしゃ)を経営(けいえい)し、何千人(なんぜんにん)もの従業員(じゅうぎょういん)を抱(かか)え、そしてその家族達(かぞくたち)を支(ささ)えている。 そういうことをする使命(しめい)を持っている。 その人の分相応(ぶんそうおう)は例(たと)えば、沢山(たくさん)の人(ひと)を招(まね)くために必要(ひつよう)な大きな家となるのです。 ほんの一部のことで判断してはいけません。

 

ここでもう一つ教えたいのは贅沢(ぜいたく)ということです。

皆様の三次元世界(さんじげんせかい)では贅沢(ぜいたく)は悪(あく)とされていますね。 確(たし)かに良(よ)いことではありません。 ご自身がご自身の為にお金を貯める方は社会からは贅沢者とは言われませんね。 ところが、お金を得(え)ては使(つか)ってしまう、そういうことを繰(く)り返(かえ)している方(かた)はお金(かね)の使(つか)い方(かた)を知(し)らないと言(い)われます。 しかしこちらの世界(せかい)から見(み)るお金(かね)を使(つか)うという事(こと)は自分(じぶん)のところにお金をおいておかない、そのお金を使うことによって他(た)の人(ひと)の生業(なりわい)がたっていくということなのです。 貯めて置くことのほうが無駄(むだ)です。 貯めておくということは停滞(ていたい)です。 そして生きている物が停滞したらそれは死でございます。 この世の物、全て動かなくてはいけない。 必ずしも皆様方の世界で言われる贅沢=悪ではないのです。 使わずに銀行(ぎんこう)に沢山(たくさん)お金(かね)を入れる。 ところが沢山のお金を使い、そのお金を得た人たちはそれで生活を支え、更にそれを使ってとお金を循環(じゅんかん)させているのです。 そこには停滞はありませんね。

極端(きょくたん)な例(れい)を申しますと昔(むかし)は自給自足(じきゅうじそく)でした。 着(き)る物(もの)は糸(いと)を紡(つむ)いで、機(き)を織(お)って、布(ぬの)が出来(でき)、それから作りました。 それしかありませんでした。 時代(じだい)が進(すす)むにつれてそれも変わって参りました。 カヌーを作ったり等と分業(ぶんぎょう)がありましたが、今の世界は分業がすすむにつれて得意(とくい)とするのが変わってきました。 社会(しゃかい)に貢献(こうけん)するというのも多岐(たき)にわたり複雑(ふくざつ)になってきました。 自分で何もかもするという事は褒(ほ)め言葉(ことば)になっていますね。 しかし専門(せんもん)する人(ひと)に依頼(いらい)して給金(きゅうきん)を払(はら)うことは決(けっ)して自分(じぶん)が楽(らく)をするわけではないのです。 その方(かた)が人様(ひとさま)に役(やく)に立(た)つお手伝(てつだ)いをすることになっているのですよ。  皆さんは毎日生きていくにはお金が必要です。 人様にお金を支払(しはら)ってやってもらう事がいつも贅沢(ぜいたく)だとはいえないのです。 そして人様(ひとさま)に助(たす)けていただくというのはその方が役立つのを手伝っていることになるのです。

 

三次元世界(さんじげんせかい)での悪(あく)、道徳(どうとく)は実存世界(じつぞんせかい)から見るのと違(ちが)うということに気づかれたことでしょう。 お導(みちび)きを始(はじ)めた頃(ころ)にはこのようなことは申せませんでした。 今なら正(ただ)しく受(う)け取(と)ってもらえると思います。

 

質素(しっそ)、倹約(けんやく)、節約(せつやく) 美徳(びとく)と同(おな)じように大きく誤解(ごかい)されていることで「地味(じみ)」という言葉があります。

皆さんの世界で「地味」は目立(めだ)たない、奥(おく)ゆかしいとされていますね。 しかし実存世界から見ると地味とは三次元に似た波動(はどう)の重(おも)い、低(ひく)い光(ひかり)を放(はな)つ、くすんだ、暗(くら)い、澱(よど)んだものなのです。

 

そして「派手(はで)」は先生が仰るには皆様が使われている派手ではなく、「破手(はで)」がもともとの語源(ごげん)だそうです。 皆様の世界の派手は華美(かび)、煌(きら)びやか、そして品(しな)の無(な)いとされますが、実存世界からみると高貴(こうき)な光(ひかり)、明(あか)るい光を放つ、明るく、快活(かいかつ)、楽(たの)しい波動(はどう)を持つ物です。 破手は楽器(がっき)を打(う)つとき、三味線(しゃみせん)を弾(ひ)くときの陽気(ようき)な賑(にぎ)やかな音(おと)。 古代(こだい)の鼓(つづみ)を打ち、破手な音を聞くと沈(しず)んだ気持(きも)ちを楽(たの)しくさせると。 その様に皆様の世界の地味、派手は誤解されています。 皆様に派手になってもらいたい、そういう光に身をおかれると軽くなります。

 

そしてこの色(いろ)が良(よ)いと言うのではないのですが、黒(くろ)はかつて喪(も)に服(ふく)したときにだけ着(き)る色(いろ)でした。 若(わか)い人(ひと)が黒を着るということは無(な)く、若い人はいつも色華(いろはな)やかなものを着ていました。 今の世界(せかい)は波動(はどう)が変(か)わりました。 昔の子供(こども)は今(いま)の様(よう)に黒(くろ)を着なかったのです。

正(ただ)しい意味(いみ)の派手(はで)を理解(りかい)し、間違(まちが)って理解されている地味(じみ)に気づいてください。

 

それから質素と言うとsimple life。 Simple lifeをするためにこれこれは要(い)らない、ご自分の感性(かんせい)に合(あ)わないからと。 そしてそれを無くすとこれをしないで済(す)むからというのは質素ではないのです。 人様の役に立つためにこれがあればこれだけ人のために出来る。 その辺(へん)をよく理解(りかい)してこれからも倹約、節約して質素でいてください。 

順位(じゅんい)を置(お)くわけではないのですが、アナハラセが言っていましたよね。

パファ: 気体(きたい)、液体(えきたい)、固体(こたい)。 

ヨユメ: 大事(だいじ)な物(もの)ほど目(め)に見(み)えず、触(ふ)れずと掴(つか)みどころが無くなって参ります。 波動の重さからいうと倹約(けんやく)は低(ひく)く次(つぎ)に節約(せつやく)、そして質素の何たるかを知って生きていくなのですよ。 アナハラセのように理屈(りくつ)ばかり言うようですが。

 

次回(じかい)は何人かの方にお導きをしたいと思います。 それと共に皆様(みなさま)と一緒(いっしょ)に考(かんが)えるために宿題(しゅくだい)を出しておきましょうか。

パファ: 質問なのですが、波動(はどう)の悪(わる)い状況(じょうきょう)、仲間(なかま)は避(さ)けるべきか、チャレンジすべきか?

ヨユメ: それを宿題にしましょう。 そして個人(こじん)のお導(みちび)きはアソウ、トコロ、パファにしたいと思います。

 

他に何かご質問はありますか?

Gさん: 毎朝(まいあさ)、仏壇(ぶつだん)の前で亡(な)くなった両親(りょうしん)、先祖(せんぞ)をどういうふうににしたらいいのか? 毎朝、お水(みず)をあげ、線香(せんこう)を立てているがそれでいいのか? 今のままで良いのか?

ヨユメ: ちょっとこちら。

(Gさんの両手(りょうて)を握(にぎ)って)宗教(しゅうきょう)とは何だと思われます?

Gさん: ご先祖(せんぞ)を守(まも)ってくれるもの。 ちゃんとした所にいるのか気になっている。

ヨユメ: 宗教とは人様(ひとさま)のために役立(やくだ)つ宗を教(おし)えることを言うのですよ。 日々、皆様の役に立っていたのなら貴方は立派(りっぱ)な宗教家(しゅうきょうか)です。 それより貴方が心配(しんぱい)されていらっしゃるのはご先祖様(せんぞさま)、ご両親が天上界(てんじょうかい)にいらっしゃるかどうかということですね。

Gさん: はい。

ヨユメ: 物欲(ぶつよく)が無くなった魂ならそちらへいけるのです。 しかしこちらに残(のこ)された家族(かぞく)のことを心配(しんぱい)されていたら光の国に行くことはむつかしい。 そして小さな子を残した例えどんな立派(りっぱ)な人格(じんかく)の方でも行けないのです。 

未(ま)だ三次元世界(さんじげんせかい)に未練(みれん)がある霊(れい)は肉体(にくたい)が無(な)くなり、食(た)べ物(もの)も要(い)らないはずなのにそういうものをお供(そな)えしないと怒(おこ)ったりするのですよ。 霊が怒ると悪影響(あくえいきょう)を起(お)こします、霊性(れいしょう)といって。

ご先祖様、ご両親に分かっていただく、考(かんが)え方(がた)を切(き)り替(か)えるだけで。 「私は大丈夫(だいじょうぶ)です、どうかそちらでご精進(しょうじん)ください。 有難うございます」と。 ご先祖様、ご両親にご加護(かご)をお願(ねが)いするということは三次元世界への執着(しゅうちゃく)をひきつけてしまう。 貴方のご先祖が仏教(ぶっきょう)を背景(はいけい)に育(そだ)って来られたのなら、シッタダール様の教えをまとめた般若心経(はんにゃしんぎょう)を唱(とな)えましょう。 

(ヨユメ様はGさんを前にして般若心経を唱えられた)

貴方のご加護を先祖様、ご両親にお願いされるのはもう今日限(きょうかぎ)りにしてください。 そしてご先祖様に感謝(かんしゃ)し、手(て)を合(あ)わせられるのは宜しいのですよ。 ご加護をお願いするのはこちらの世界に縛(しば)りつけることになりますからね。

Gさん: 有難うございました。

 

ヨユメ: それでは何か他にご質問は?

質問(しつもん)が無(な)ければ皆様、ごきげんよう。