YOYUME SPIRITUAL GUIDANCE

コロンブス・デーについて
 
 

コロンブスについて大概の人はアメリカ大陸の発見者であり、スペインから大航海を遂げた英雄的冒険家という程度の知識しか持ち合わせていない。 
しかし厳密に言うならコロンブスはアメリカ大陸の発見者ではない。 アメリカ大陸には一歩も足を踏み入れなかったのである。

彼と乗組員が漂着したのはカリブ諸島のひとつであった。 原住民とコロンブス一行をはじめ、それ以降押し寄せてきたヨーロッパ人と原住民の間の軋轢と殺戮は、色々な書物で紹介されており、著者がどちら側を擁護しているかによって、コロンブスは後世に偉大な貢献を残した大冒険家であり英雄ともなり、反対に、現地人の大量虐殺者であり、現地人をスペインへ奴隷として連行した最初の奴隷商人ということになる。
ここではどちらに言い分があり、どちらがより史実に基づいているかなど云々するのが目的ではない。然しながらコロンブスは長期的な大きな問題の論争・論議になっている人物であるのは事実である。 
このアメリカでは彼のアメリカ発見の日、10月12日をコロンブスの日として1971年に法定祭日に制定した。
このように論議の中心人物をあえてアメリカでは英雄として祭り上げるべきなのか? 歴史的故人に因んで祭日を法定化するには、少なくともある一定の基準を満たすべきではないだろうか?
アメリカ建国の父、ワシントン大統領や全アメリカ人が崇める自由と独立の父リンカーン大統領、この両大統領の誕生日を祭日に制定するのは十分納得のいく話である。
しかしそれも祭日が増えてきた為であろうか大統領の日、と名前が変えられて両大統領が一緒にされてしまった。 
また公民権運動のリーダー、マーチン・ルーサー・キングも彼の偉大なる思想と功績が称えられて1986年に彼の生誕日が法定祭日に制定された。それも結構である。国の祭日であるから、国の為に貢献した英雄であると多数が同意し認める以外に、アメリカ人である事は必須条件ではないだろうか。

ある州はコロンブス・デーをネイティブ・アメリカン・デーに変更した。 これは原住民擁護側の意見を尊重した結果であろう。 しかし我々は長年の論争に決着をつけるような形の変更を望んでいるのではない。
我々はコロンブス・デーの廃止を強く要望するも、コロンブスを敵対排斥する思想を煽ることは望まない。
コロンブスによって原住民が受けたという虐待は忌まわしくそれを正当化するつもりも決してないが、だからといって原住民が過去に受けた虐待に応報するように、コロンブス・デーを廃止してネイティブ・アメリカン・デーとするのも問題である。
なぜなら報復とか仕返し的思想は勇気をもってあるとき断絶せねば、悪循環となって人類や国家の平和を妨げるものにまで発展しうるからである。
過去と現在における多数の紛争をみれば一目瞭然であろう。恨みや批判などの悪い想念を打ち捨てて、より多くの人類と国家を平和に導くように願い祈る気持ちを抱きたい。

それならば人種の坩堝といわれる今後のアメリカがより調和を保った国家になっていくように願いを込めて、マルチカルチュラル・デーとするのはどうであろう。
このアメリカに住む人種全てが平和に調和して共生共存を図るための祈願の日とでも言おうか。そしてアメリカがそのような祭日を法定化するのを出発点として世界にこの思想と運動の種子を散布したい。 
国家を単位にグローバル化を唱えた20世紀は過ぎ去り、宇宙のなかの地球を単位にユニバーサル化を唱える21世紀がきたのである。一国家の福祉を考える時代ではなく、地球規模の福祉を考える時である。
わが国家さえ安泰ならばという利己主義は許されない。ましてや一国の中で、人種、肌の色、文化などの違いが調和を妨げることなどあっては許されないはずである。

地球に真の調和と平和のユートピアを築くために、コロンブス・デーを廃止して、全人種とその文化を尊重するマルチカルチャル・デーの制定にご賛同を仰ぐものです。

                    9/15/01 Shamana (Contact)

   
 

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