いつの世にも戦争は絶えないものですが、その真の要因や背景は教科書にも出てこなければ、正しく報道もされません。それはなぜでしょうか。
それは、戦争というものは、利害関係の異なる国や組織が、その利潤の追求により起こるというどろどろした理由が原因となっている場合がほとんどだからです。そのようなことは、表向きには公表できるものではないのです。
例えば、アメリカで起きた南北戦争。われわれが教科書で習った知識では、農業中心の奴隷を必要とした南部と、奴隷を解放しようとした産業中心の北部の戦いで、北部が勝利を収めて奴隷が開放されたことになっています。
しかし、彼の次元の眼はごまかせません。本当の背景は、工業の発展とともに労働力が必要になった北部が、南部の奴隷を使おうとして起こったことだそうです。「決して人道的に奴隷を解放しようとして起こった戦争ではない」とはっきりその霊は話しています。
それから、第一次世界大戦、第二次世界大戦。
第一次世界大戦の原因になったのは、ヨーロッパにおける三国同盟と三国協商の植民地を巡る争いとされていますが、実のところは日清戦争もその要因となっているそうです。
日本のような小さな島国が、大国の清を相手に打ち負かしてしまったのだから、世界の国々から警戒されたのも無理はありません。
その日清戦争は、阿片戦争で清(今の中国)が弱ったところを狙って、日本が侵略を仕掛けたのが始まりだそうです。どうやら、朝鮮の植民地化を巡る争いという教科書の教えは、表向きの理由のようです。
そして、その阿片戦争は表向きにはイギリスが中国へ流出する銀を制限しようと、代わりにインドで採れる阿片を中国に普及させて、それを中国が焼き払ったことから始まったとされていますが、実は本当の原因は宗教上の衝突にあるようです。
当時大国中国で、キリスト教の布教が活発に行われようとしていたため、中国側は、昔からある孔子の儒教も並行して崇拝したいと申し入れたところ、ローマ教皇はそれを頑なに退けました。そこで、中国政府は怒り、イギリスとの貿易を制限することで、キリスト教の普及を抑止しようとしましたが、その貿易規制に業を煮やしたイギリスが、今度は阿片を中国にばら撒きました。そして阿片中毒となった中国の人たちは、おびただしい量の阿片を密輸するようになったため、政府はそれを焼き払いました。イギリスとしては、それを口実に制限貿易を解き、あわよくば中国の一部を植民地化しようとして始められたのが阿片戦争です、というのが、彼の次元から教えられた事の真相です。
このように、戦争とは、利害関係の異なる国または組織が、一方の主張を排除しようとして起こっています。
しかし、ここで視点を変えて考えていただきたいことがあります。
例えば木を見てみましょう。
葉は「葉がなければ光合成ができず、光の養分が得られないではないか。我々が一番重要なのだ。」と言ったとしましょう。
そうすると枝は「いや、枝がなければ葉はくっついてもいられなければ、栄養ももらえないではないか。われわれが一番大事なのだ。」と言います。
すると幹が「そうではない。幹がなければ枝も葉も存在できないであろう。我々が一番大切なのだ。」と主張します。
それを聞いた根は、「君達を支えているのは根なのだ。しかも土から養分を吸って君達に送っている。われわれこそが、もっとも重要なのだ。」と言います。
お分かりのように、このようにバラバラでは「木」として存在することはできません。
根も、葉も、枝も、幹も、そのどれもが大切なのです。そのどれ一つが欠けても、「木」として存在することはできないのです。
もう一つの例として、自分の身体を見てみましょう。
胃が「人間は食べ物がないと生きていけない。食べたものを消化する胃が一番大事なのだ。」と言ったとします。
すると口が「いや、その食べ物を噛み砕いて、消化し易いようにしているのは口だ。」と言います。
肺は「人間には空気も必要だ。呼吸を可能にしている肺こそが大事なのだ。」
血管は「いいや、それら吸収した栄養や酸素を身体全体に運んでいる血管が最も大切だ。」
それを聞いていた脳は「何を馬鹿な。すべての器官をコントロールしているのは脳だ。脳が一番大切に決まっている。」と主張します。
これらの例の「木」や「身体」を、「地球」に当てはめて考えていただきたいのです。
それぞれの国や組織が、他の国や組織の文化や慣習、宗教といったものを尊重することなく、排他的になっていきます。自分たちの主張のみを正当化し、そのやり方を押し付けようとします。これでは、「地球」が成り立たないのは、誰の目にも明白でしょう。