健康と病気

われわれ人間は、「頭が痛い」「咳が出る」「鼻が詰まる」などの症状が出たときに「病気になった」と自覚する。しかし、この考え方は間違いであるようだ。

そういった症状は、自然治癒力を持っている肉体が、病んだ部分を治そうとしている治癒の過程であり、浄化作用であるという。

それでは、本当の病気とは何であろうか。

「病は気から」というが、自分が絶えず無意識に持っている想念、今日一日何か悪い想念を持たなかったかということについて、反省している人は少ない。

病気というのは、心の中の悪い想念が、血液や細胞に影響を与え、知らず知らずのうちに波動が落ちていく(気が病んでいく)ことに端を発する。しかし、実はこれこそが、本当の病気であり、決して肉体に表面化した症状だけで判断できるものではない。そして、それを感知した肉体のシステムが悪影響を受けた部分を治そうとして、症状がでてくるのだ。

そこで、肉体が訴えていることに耳を傾け、心の中で悪い考え、悪い想念を持っていなかったか反省し、心の中にある想念を浄化すれば、幽体が癒され、病は癒される。

「そういうことを感知できるセンサーをご大霊は、みなさま一人一人にお与えになったのです。」と、彼の次元の霊は説明している。

だから、症状を訴え、医者のところに行くのはよいが、検査結果に一喜一憂する必要はないのだ。尤も現代医学は、病気を根本から治すというよりも、症状をおさえることに重きをおいていると言える。

また、同じ健康自然食品、同じ薬を与えても、人によっては毒になる場合がある。

それは、一人一人顔が違うように、それぞれの肉体も違う細胞や血液でできているからである。科学的には、細胞はたんぱく質や水からできていて、その中にDNA、さらに塩基、など、一般的に共有される名前で呼ばれているが、その構造は一人一人違うのである。

それと同様に、病気の原因となったものが一人一人違うのに、治療法が同じというのもおかしい。

例えば、アレルギー。医者は、これは食べるな、これは触るな、などと指示を与えるが、自然界の中に取り除かなければならないものなどは存在しない。唯一取り除かなければならないのは、人間が自然や宇宙、その他の生命体のことを考えずに、人間だけのために作り上げた自己保存的なものだけである。

そうした自己保存的な行為や考えがなかったかどうかそれぞれが反省し、心を浄化することによって、病気は癒され、健康を維持することができるようになるということだ。

共生・共存の想念をもって行動しているかどうか考えることは、とても重要なことである。人間を構成する各細胞は、お互いの細胞を助けながら、調和を保って共生している。

もし仮に、ある細胞が自分たちが一番で、自分たちだけが繁殖すればよいと考えたらどうなるであろうか。

全体のバランスは崩れてしまうことであろう。しかし、そういう細胞は存在するのだ。それをわれわれは、癌細胞と呼んでいる*

この細胞の例でおわかりのように、われわれ人間も、それぞれの役割を自覚して、お互いを助け合って生きていかなければならないのだ。

そして、健康維持は、共生・共存、世のため人のために尽くすといった奉仕の精神を持つことによって実現される。しかし、いくら健康がよいと言っても、自分だけの健康維持を目的としてしまっては、本末転倒になることは言うまでもない。

エネルギーを循環させる共生・共存する細胞の一つとして、健康体で役割を果たすことの自覚が大切なのである。

* その後のお導きで、神のような叡智と能力を備えた、超微小生命体の存在が明かされた。物質化・非物質化の他、例えば白血球を生成し、免疫をコントロールするといったこともしている。科学的にはまだ発見されておらず、名前がないため、我々は仮に「SOL」(Source of Life:生命の根源体)と呼んでいる。他に「ソマチッド」とも呼ばれるが、お導きでは、そう呼ばれているのは物質的な側面しか見られていないとのことである。SOLは生き続けで死滅してしまうことはなく、宿った生命体のために働いてくれる。人間が否定的なエネルギーや毒素を溜め込むと、弱い細胞や臓器に深刻な影響を及ぼすようになる。するとSOLが犠牲になって、毒素や否定的なエネルギーを無害化しようとする。その時できる変形した細胞をがん細胞と呼んでいる。

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