聖書や経典よりも優れたお手本

これは彼の次元から得たメッセージではありませんが、世の中一般に浸透している宗教は、もともとの教えは同じ真理を説いていたと思われます。それが、時代を経るに従って、解釈の方法が異なり、アプローチの方法が異なっったのではないでしょうか。そしてひいては「われわれの拝む神だけが正しい」いや「キリストの方が上だ、キリストのみを信じなさい」などと自分の宗派以外の信仰を否定するようになっています。このため、宗派の異なる国家間で争いが起きてみたり、人間個人の間でも摩擦が生じたりしているのは、周知の事実です。

宗教は、霊的真理の追究をする上で、その教えを説いていくものであるはずです。だから、最終に到達しようとする目的は同じであり、ただアプローチの方法が異なるだけなのです。山登りで言えば、頂上は同じでも、そこに到達するルートはいくつかあります。その方法は、自分に合ったものを選べばよいのであり、人に押し付ける必要はありません。

話が逸れてしまいましたが、宗教にあるバイブル・経典といったものは、霊的真理を追究するにはどれもよい参考書になるものです。しかし、これらよりもっと優れた参考書があるといいます。それは一体何でしょうか。

聖書や経典は、物質世界に生きるわれわれ人間がわかりやすく解釈し、説明しているものです。そのため、理解の程度に限界があり、誤解を生じやすいことも事実のようです。

メッセージによると、聖書や経典よりも優れた参考書、それは「森羅万象」とのことです。

森羅万象とは、ごく身近にある自然のものです。鳥のさえずり、川のせせらぎ、四季の変化など、われわれが普段気にも留めていない自然の中にたくさんの教えがあるといいます。

自然界や宇宙は、常に流転しており、バランスを保っています。

水は、氷(固体)、水(液体)、水蒸気(気体)と状態によって性質を変えていきますが、そのものはH2Oの結合体であり、同じ物質です。これは、別章にある「心・身・霊」の理解をする上で大きなヒントになるものです。そしてこの状態変化は、川が大海にそそぎ、太陽の熱で蒸発し、やがて雲上で凍結し、雨となって山河に戻る光景に観ることができるものです。

また、深く広い湖は、植物や生物を多く育みます。その水は川からそそがれ、また川となって流れて行きます。流れが止まってしまうと、その水は活きてきません。この現象は、われわれの経済における、お金の流れにも当てはめることができます。

更に視点を広げてみれば、われわれの住んでいる太陽系は、太陽のもつ引力と、惑星がそのまわりを回転する遠心力のバランスによって、軌道が保たれているということがわかります。太陽の引力が強すぎても、惑星の遠心力が強すぎてもバランスは崩れてしまいます。何事もバランス・調和ということが大事であることを示している一例ではないでしょうか。

このように、自然界の現象がすなおに観察できるようになると、われわれの社会を生きていく上でも、隠された大きなヒントを得られる機会が増えそうです。

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